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仙台家庭裁判所古川支部 昭和39年(家)1016号 審判

申立人 中川俊男(仮名)

相手方 中川友子(仮名)

主文

本件申立を却下する。

理由

本事件申立の要旨は「申立人は昭和三九年三月二四日相手方と婚姻の届出をし、その頃から申立人方において申立人の家族と同居して同棲生活をしていたところ、相手方は同年五月四日頃無断で実家に帰つてしまい、同居の要求に応じないので、申立人のもとに帰来して同居するよう調停をされたい」というのである。

本件調停は昭和三九年五月六日に申し立てられ、同年一〇月六日までの間に計四回の調停期日が開かれたが、右同日調停は不成立となり、審判手続に移行した。

本件記録添付の戸籍謄本、右調停事件の経過並びに申立人、相手方、田中盛男及び本田和男に対する各審問の結果を合せ考えれば、次のような事実を認めることができる。

申立人は肩書本籍地で生育し、中学校を中退後昭和二八年頃から母や弟妹らといつしよに建設資材販売の自家営業を始め、昭和三四年頃小林君子を事実上の妻に迎えたが約二年間で破談になり、またその間永く胆のう炎を患つて入院し昭和三七年春頃退院したものであり、相手方は申立人と同町内の肩書住居地で父本田和男の次女として生育し、幼少時母が死亡したので、カメラ雑貨商の父と継母のもとで高等学校を卒業後洋裁見習などをしていたものであるが、申立人がかねて相手方の父の店に出入りしていたところから、申立人と相手方は昭和三七年頃から互いに交際するようになり、同年夏頃には相手方も申立人からの結婚の申込に応じてもよい気持になつたので、申立人は昭和三八年春頃以降、僧侶田中盛男夫妻に仲人役を頼み、同人を通じあるいは自ら直接、相手方の両親の承諾を得ようとしたが、右両親とくに父親は右結婚話に絶対反対で、結局その承諾は得られなかつた。相手方の父親が右のように反対する理由は、「申立人やその母はいわゆる外聞ばかり良くて真実は思いやりと誠実さに欠ける人達で、申立人の怜悧な先妻でさえ嫁としてつとまらなかつたほどであるから、気ままに育つた相手方などとても申立人方の嫁としてつとまる筈がない」というのであり、終始その態度は変らなかつたが、相手方は申立人との肉体関係を持ち、両親の許しを得られないことを心苦しく思いながらも、昭和三九年三月頃には妊娠六ヵ月にもなつてしまつたところ、同月二一日夜、遊び先から申立人に呼出され、母留守中の申立人方へ仲ば強引に連れて行かれ、その際申立人から「このままいくら待つても親の承諾は得られない。この際最も良い方法は申立人方へ来てしまうことだ。あとは時が解決してくれるから」などと言われ、仲人役からの同趣旨の口添えもあつたので、相手方もついその気になり、着のみ着のままで右同日より申立人と同棲生活に入り、同月二四日には婚姻届出も了したのであるが、相手方としては、右のように両親に無断で遊び先から申立人方へ入り込んでしまつたことについてさすがに心に咎め、両親ことに自分を可愛がつてくれている継母に詫びて許しを得たいという気持を押えることができず、再三申立人に対し実家へ謝りに行かしてほしい旨願つたが、申立人は、当初の言と相違していわば傲然と、その母や叔父らといつしよに「お前の父にあれほど侮辱されて、お前を謝りに行かせたら母の顔に泥をぬることになる。お前の父の方が謝りにくるべきだ」「そんなに詫びに行きたいなら離婚届に印をついてから行け。お前も子供も責任持たぬ」などと言つて、頑として相手方の願いを聞こうとせず、相手方の父を悪しざまに言うので、相手方は、両親と申立人との不和抗争の板ばさみになつてこれほど悩んでいる自分の気持を申立人が少しも理解同情してくれないし、また自分と申立人の母弟妹との仲を取りもつて自分を庇護してくれようともしないとして、不満と立腹から次第に申立人に対する信頼と愛情を失い、同棲生活わずか四〇日ほどにして離婚を決意し、同年五月四日頃申立人に無断で肩書実家に帰つてしまつた。そして相手方は、本件調停手続進行中の同年八月男児を分娩したが、その意思に基いて相手方の父はこれを申立人方に置いて去り、相手方は、申立人との過去を忘れたいとの気持から同年一〇月頃より岩手県下の姉のもとに寄寓し、その後現在は東京方面の弟方に身を寄せているとのことであるが、本件調停を通じて、申立人のもとに帰る気持は全くなくむしろ一日も早く申立人と離婚したいとの意思を表明し、当裁判所の審問に際しても、右意思は申立人主張のような父に強いられたものなどではなくて相手方自身の真意であり、自分はこれまで年甲斐もなく申立人の口車に乗せられていたが今はやはり父の言が正しかつたと反省している旨、また本件同居請求の真意は申立人らがほんとうに自分を望んでいるのではなく、仕返しのために私を呼寄せて虐待しようとしているのだと思う旨述べて、申立人に対する強い不信の念を表明している。

以上認定の事実によれば、相手方の行動には相手方自身も反省しているように首尾一貫しない憾があつたけれども、ともかくも相手方は、両親と夫との板ばさみに苦悩している自分の立場を無視されたことなどから、夫たる申立人に対し今や全く信頼と愛情を失い、強い不信の念を抱いており、もはや申立人のもとへは帰らない旨固く決意しているのであつて、前記のような本件のいきさつに徴すれば、申立人との間に差当り円満な同居生活を期待することは到底できない状態にあることが明らかである。

夫婦は、その法律的な関係が解消されない限り、一般的抽象的な意味で相互に同居義務を負うものであることはもちろんであるが、しかしその相手方に対し具体的な意味での同居の請求をなしうるのは、夫婦間にいまだ相互の信頼関係が維持され、円満な同居生活がなお期待できる状態にある場合に限られるものと解すべきである。けだし、夫婦間の同居は本来当事者の任意の履行によらなければその目的を達しえない性質のものであるから、夫婦間に信頼関係が全く失われ夫婦関係の実体がすでに破綻しているような場合に、なおこれに同居を命じてみても、到底円満な同居生活の実現を期待することはできないし、かえつてその日常生活さえ危くするおそれがあるからである。

してみれば本件申立はその理由がないものといわなければならないからこれを却下することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 桜井敏雄)

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